信念とバーフバリ

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オラクルカード哲学
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シンプルなりんごケーキをやみつきケーキに変えるかんたんな方法。
(こっちだと生クリームスプレー缶めっちゃ安いんですよね…日本で買おうとして高くてびっくりした思ひ出)


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実は年始に日本でこんなものを作ってたんです…!どっかにアップしてたっけ…?
イベントに来てくださった方や、講座やヒーリング等を受けてくださった方に発行するために作ったのですが、オンラインだと意味ないかな…?となぜか放置していたものの、いや受けてくださってるんだからまずその方に作るべきでは?となり、先日まやさんとS&Lをやった時にはっと思い出して、作っていいですか!?と去年からのをつけさせていただきました!なんか嬉しくて二人でパチパチしてしまった。笑
ちなみにまやさんの「オラクルカードチャッティングサロン」に来られた方にもスタンプ押してお渡しすることになってます。WHRとしての活動があった時に使っていこうと。
ちなみに、スタンプが満杯になると…?特に決めてないんですが、まぁ何か、その時のノリで。( ´ ー ` )
お楽しみに…です♪



・今日は、何を書こうかしら。。
今日はほぼ生理でくたばってたんですが、後半は日本にいる物書きの親友と6時間ぐらい喋ってました。
彼女は数少ない、あぁ、今、人間と喋ってる!!!と思える人の一人です。貴重。本当に貴重。。
言い方アレなんですけど、なんていうか、本当に人間なの皆…?て思うような人が多すぎて、疲労困憊してしまうことが多いのですが、こういう人と喋ってると本当にこう…ラク…。何言っても伝わるし…その前にまず、相手に伝えたい、相手とやりとりがしたいという思いやりがちゃんと最初から釣り合ってるというか。。頭フル回転で喋ってもちゃんと追いつくし…!(普段は、私、寝てる?て思うぐらい落とさないと会話が成立せん)ああ〜〜人間と喋ってるぅ〜〜〜〜てなります。少ないんだ、案外…。
これについても最近ずっと考えてることがあるのですが、ここに書いてしまうと語弊が多すぎると思うので、割愛しておきます。
文章で書けないことってこの世にいっぱいあるよね。
ブログでは書けないこともいっぱいあるし、ついったでは書けないこともあるし、逆にこういうとこでしか書けないこともあるんだから、書けることを楽しんで書こう!そうしよう!えいさー!!(?)


・そんなことよりバーフバリをやっと見たんですよ。やっと見たんですよ…。ずっと見たかった…。
とりあえず入手できる可能性としてこれしかなかったので、iTunesの「映画」でレンタルして観ました。
すごかったニャー……好きな要素しかなかったぞ…。ビジュアル、SFXなどの技術、美術、音楽、ストーリーの面白さからディティールまで本当全部好きだったし、強い女たちも強い男たちも満載でなんかもうなんて言うか本当好きなんですけど…(語彙)
この映画に関してはあんまり、すんごいいろいろ語りたいって感じではないんですが、一個思ったことがあって、最後の最後に響いた言葉が「自らの信念に生きたものよ」みたいな言葉が(確か)あったんですけど、全編を通し、命を賭して(文字通り死者も出ながら)道理を通すことを妥協しなかった人々が勝利するという映画ですから、「本来、信念ってこういう意味で使われる言葉だよなぁ‥」と思いました。
なんでそういうこと言うかっていうと、あのですね。私がいわゆるスピリチュアルなやつ、略していわスピ(謎)って嫌いだなと思う理由の一つが、こういう言葉を軽く扱うところなんですよ。どうも、生理的にダメ。根本が解ってないっていうか、生きたことがないんじゃないのか?と思ってしまう。その人の精一杯ではあるだろうけれど、信念ってあのさ、そういうんじゃないよ、て思うんよ、個人的に。
まぁ、もうこの使い方の流行りは廃れたかもしれないので、その場合は読み流していただきたいんですが(なにせ外部の情報をほぼ見ないので、見てた10年前頃の記憶…なのです…)、「信念の書き換え」みたいなのが流行ってて。「??????」って思ってました、私は。信念ってそういうふうに使っちゃダメでしょ、と思って。それは「思い込み」「思考の偏り」と称されるべきものであって、「信念」ではないな、と。それをあえて信念と呼びつけて、根本から覆すんだ、というのがその人たちの当時言いたかったことだとは思うんですが、私は「その意図は分かるけど、それでも、信念ってそういうものじゃない」と思っていたな…。
(バーフバリ観てから読んでくださいねこの文章。解釈のすれ違いが起こると思うので…)
信念ってさ、自分が生まれたそのままで自分を生きる、そういうものなんですよ。表層上とか魂に刷り込まれた余分なゴミカスみたいなものとは、まったく違うんですよ。コアに刻み込まれた、どんな拷問を受けようとも、たとえ25年間野ざらしの石の穴の中で暮らさせられても誇りを失わずに(デーヴァセーナ)いるような、王だとか軍最高司令官だとかいう肩書きや栄誉なんかに一切踊らされない、どんなに脅されようと覆る方法など本人すらも知らないような王たる所以であったり(バーフバリ)するんですよ。それを信念と呼ぶのですよ。私にはそれがあって、それは神にすら曲げられないというか、それこそ神から賜ったものがあるとしたらそれだとしか思えないから、それを生きることは正直言ってどんな苦難でも受け入れるという意味だし、それを生きるのには、誰にも理解されなくても貫く勇気と覚悟が常に要るんですよ。だから、バーフバリではそれが明言されて、嬉しかった。。
それをさぁ、「信念の書き換え!」だって。書き換えられるなら信念とは呼ばねぇんだよ…!!っていうのが私の個人的な思いだったので、バーフバリはそういう意味でもすげぇスッキリさせてくれましたね…。
みんな…バーフを見て…いろいろと…いろいろとステキだからね…。。
……♪マーヒシュマティー
\バーフバリィ!/

……今日はこの良いイメージのまま、もう寝よう。ふふっ…☺️
おやすみなさい💤
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一日一ブログ(2019.05)

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